名前の紹介です。
着任当初は、名前を、早口で言われてしまうと、何て言われているのか、
よく聴き取れませんでした。名前と名字の二つを、逆に言うくらいにしか
頭にありませんでした。会う度毎に、まるで早口言葉のように繰返され、
からかわれてしまう人がいました。
リスニングというのは、慣れるしかなさそうです。
それでも聴き取れる言葉をメモしたり、他の人から聞いたりして、名前の
リストを作りました。目で見ると、安心出来るものです。不思議に思えた
のは、同じ人の名前が、尋ねる人によって違っていたことです。
日本だと名字で呼び合うのが普通ですが、ここでは、名前です。
ですから、日本人の名字ではなく、名前の方を言われて、知っているかと
問われても、誰のことを言われているのか見当がつきませんでした。
観光庁に職員名簿がない訳はない。自分なりのリストが、ある程度整った
ところで、そんな素朴な疑問が湧きました。
人事部には部長職がないようで、目の前でパソコンに向かっていた副部長が
部門のトップでしたし、今もそうです。尋ねると、意図も簡単に、名簿を
メールすると言われて、拍子抜けしたことを思い出します。
席に戻った時には、名簿が、送られてきていました。観光庁の内線一覧表
でした。名前と名字、そして電話番号。もっと早く気がついていれば、
時間を節約できていたかも知れません。その一覧表を見ながら、自分の
リストのスペルなどを訂正。また、デジカメで撮った写真をメールし易く
するために、メールアドレスを加えました。
名前と名字を見ながら、顔写真と名前が一致する人など、覚えている段階
をマークしていきました。後は、名前を覚え込むだけ。初対面の際に撮ら
せてもらった写真が、役に立ちました。
ようやく全員の名前と顔が一致するようになった頃、つもからかわれていた
人の名前が、もっと長いように思えていたことが少し気になっていました。
リスニングも、ある程度は慣れてきていました。ところが、まだ名前があるよ
と言われて、冗談かと思いました。
普段は、お互いに名前を呼び合うだけで足りるため、その他の名前を覚える
必要はないようです。実際、フルネームで名前を言える人は、限られている
ようです。びっくりして、リストに名前を追加しました。
その時にも、名前の説明を受けたのですが、改めてヒアリングしました。
例えば「ルイス・アルフレード・スニガ」という人の名前から分かることは、
「第一の名前・第二の名前・母方の名字」となります。一般的には、名前が
二つに、名字が二つの名前になります。名字が1つということは、法的には
両親が結婚していなかったことを示すそうです。結果、当時は、父方の名字
は入らなかった。その名前を入れたい場合は、弁護士に頼むことになり、
およそ5,000レンピーラ、日本円で約3万円かかるそうです。
1980年に、新たに定められた法律で、この辺の事が是正され、たとえ
結婚していなくても、第一名字は父親から、そして第二名字は母親からと、
これ以降は、誰でも4つの名前を持つようになったそうです。
「エミィ・ヒィセージェ・セラヤ・フローレス」という女性が、上述の男性と
結婚したとします。すると、フローレスという母方の名字が消えて、夫の名字を
使用して「エミィ・ヒィセージェ・セラヤ・デ・スニガ」となります。
そして、この二人に子供が生まれ「ウエンディ・イサベル」と名づけたとしたら、
この子の名前は「ウエンディ・イサベル・スニガ・セラーヤ」となります。
結婚というのは、ここでは、宗教的な意味が先のようで、神の前で執り行われる
ものと言われました。そして、社会における法的な契約で、衣食住から子供の
教育までの大きな義務を伴うことになります。ですから、こうした煩わしさを避けて、
手続上の結婚をしていない人も多いそうです。勢い二人の間だけの約束に基づく
訳ですから、拘束力もなく、2ヵ月後、あるいは半年後位で別れてしまうケース
も多く、別れた後に子供を産むことになるのも希ではないようです。
男性は責任を取りたがらないようですし、女性もまたシングルマザーというのが、
社会的にも容認されているようです。
米国の影響なのか、英語の名前がつけられた人が、大勢います。名前からの
イメージのようなものがありますが、スペイン語で発音すると、別人のように
思えてしまいます。名前で、随分からかわれた人がいましたが、4つの名前を
覚えたら、しみじみとした口調で、月毎に名前を変えようかと思っているんだと
言い出しました。とぼけた人がいるものです。
何故、ホンジュラス人には、名前が二つあるの、と聞いたら、しばらく考えて
から、習慣だし、自分達の文化だけど、多分、二親の名字とのバランスを考え
たからではないだろうか、と応えてくれました。
そして、日本人は、どうして、名前が一つしかないのかと逆襲されてしまいました。
人の名前から社会の背景を考えるようなことになるなど、思ってもいませんでした。