I 調整員の送別テニス大会がありました。
JICAホンジュラス事務所のI 調整員は、今月末で2年の任期を終えられ、帰国されることになります。
昨年3月末に、JICAシニア海外ボランティアとして、ホンジュラスに赴任することになり、初めて
トンコンティン空港に到着した時、空港で出迎えていただいたのは、I 調整員でした。ついこの間のこと
なのですが、遠い昔のことのようにも思えます。
アパートからは、車で数分の所に、ヴィジャ・オリンピカ(オリンピック村)と呼ばれるスポーツ施設があり
ます。これまでも、ここで何回か、テニスを楽しんでいますが、今日は、テニス愛好会による送別テニス大会
が行われました。
首都テグシガルパ、あるいは、その周辺に住んでいる人、そしてテニスをする人というと、限られてくるのでは
ないかと思うのですが、JICA関係者では、ホンジュラス事務所職員、専門家、シニア海外ボランティア、
そして日本大使館職員の方々など13名が集まりました。
昨日、第1回日本祭りで大活躍されたバンダ指揮者のNさんは、テニス愛好会の幹事さんでもありました。
午前の天候から暑い日になるだろうと思われて、皆さんのために麦茶を用意されてこられました。クーラー
ボックスいっぱいに、氷が詰められていました。実際、一昨日に雨が降ったことを思えば、信じられないほど
の好天です。それに、誰も雨が降ったらどうするのだろうなどということは考えていなかったのではないかと
思います。
テニスコートは、午後1時から4時までの2面が予約されていました。試合は4ゲーム先取で、5試合の結果を競う
ことになります。その都度のペアのダブルス戦なのですが、成績は個人毎に記録されます。実力もさることながら、
ペアの組み合わせや、対戦相手にも左右されることになります。優勝は、勝率で決まるそうですが、同率の場合に
は、失ったゲーム数が少ない人が勝つことになるそうです。予め、参加人数毎のダブルスの組み合わせ一覧表が
作成されていました。この後は、いよいよ、くじ引きで、最初のペアと、対戦相手が決まります。
幸運なことに、調整員のI さんとは、ペアと、対戦相手で、2度試合をすることが出来ました。
一度に8人がプレーすることになります。また、コート毎に2人の審判もつきますので、常に12人が、大会に参加
していることになります。ですから審判をしながら観戦もし、休息も兼ねることになりました。
Nさんが準備されてきた麦茶は、飛ぶように売れていました。また、どの組み合わせの試合も、ほぼ同じ時間に
ゲームが終わっていました。
集計の結果、優勝したのは、O調整員でした。
2位には、T参事官。そして3位は、専門家のAさんでした。
送別テニス大会後の懇親会は、アパートの近くにあるTUESDAYレストランで行われました。
懇親会では、調整員のOさんと、日本大使館のFさんのお二人も合流されました。
幹事のNさんによって、改めて成績が発表され、賞品が渡されました。
また、I 調整員には、Nさんが、この間、ユネスコの世界文化遺産のコパン・ルイナスへ行かれた時に、
購入されてきたというマヤ文字のネックレスが贈られました。
I 調整員は、控え目な中にも、既に帰国後の身の振り方を決めておられるようで、簡潔に述べられて
いました。何より、この日の笑顔が全てを物語っていたのかも知れません。
とてもさわやかな送別会でした。