辻井さん「バン・クライバーン」優勝

読売新聞の文化面に、吉原 真里(ハワイ大学教授、アメリカ文化研究)さんが書かれた記事がありました。



誠実な解釈、数小節で涙
辻井伸行さんが優勝した第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクールを、私は予選開始の数日前から
テキサス州フォートワースで一部始終見学する幸運に恵まれた。
世界中のいくつもの都市での予備予選を経て、フォートワースの舞台に立った29人の参加者たちは、まさに
世界トップの若手ピアニストたち。そのレベルの高さは、予選での全員の演奏から既に明らかだった。
私は今まで辻井さんの演奏に触れたことはなく、実際に聴くまでは多少懐疑の念を持っていた。盲目であり
ながらこれだけピアノが弾けるのはもちろん驚異的だが、果たして本当にほかのピアニストに匹敵するもの
なのか。盲目なのにここまで弾けるのはすごいという理由だけで注目を浴びているのではないか。
そんなことを考えていた。
しかし、予選の演奏を聴き、そんな思いはたちまち霧散霧消。ショパンの練習曲ハ長調作品10の1が始まって
わずか数小節で、ぽろぽろ涙が出てきて、1、2分もたつと辻井さんが盲目であることはすっかり忘れてしまった。
実にまっすぐな解釈でありながら音楽的に洗練され、聴衆の心に訴える演奏なのだ。演奏の後、聴衆は総立ちで
ブラボーを連呼し、拍手は5分以上も続いた。
ソロ・リサイタルだけでなく、セミ・ファイナルで課される室内楽とファイナルでの協奏曲に至るまで、彼の
演奏はあくまで誠実で深い人間性にあふれたものだった。それはあたかも人類への希望や信頼を聴衆に与える
かのような幸福な音楽だった。
このコンクールのファイナルに残ったピアニストたちは、誰もが強い音楽的主張を持っていた。しかし、中には
自己中心的なメッセージのみが先行し、音楽はそのための道具に過ぎないとの印象を与える演奏もあった。
その点、辻井さんには書かれた音楽にまず身を委ねるという、クラシック演奏家にあるべき謙虚な態度と作品への
尊敬の念が感じられた。
今回の優勝をきっかけに、辻井さんは国際的な舞台に飛び立つことになる。いろいろなものに出会っていく中で、
純真な人柄を持つ彼は、さらに幅のある音楽性を身につけ、芸術家として成長していくだろう。その旅立ちの瞬間
を目撃することができたことを、心から幸運に思う。



社会面では、バン・クライバーン国際コンクール優勝 辻井さん 音楽こそ人生という記事がありました。



テキサス州フォートワースで開かれていたバン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝の栄冠を獲得した
全盲辻井伸行さん(20)は、ずば抜けた音色の美しさと叙情性で、多くの聴衆に強い感銘を与えた。
現地入りしたレコード会社社員の浅野尚幸さん(46)によると、辻井さんは「一番最初の予選ではガチガチに緊張
していた」。それが勝ち進むにつれて聴衆の大きな声援が力となり、リラックスした演奏に変わった。ハンデを
抱えた辻井さんに当初懐疑的だった音楽評論家やジャーナリストたちも、「コンクールにありがちな気負いがない」
と徐々に評価するようになったという。
父で産婦人科医の孝さん(52)は、「インターネットの授賞式中継で、メダルを首から下げた息子を見て優勝を
知った。今はとにかく『おめでとう』と声をかけてあげたい」と話す。
外出する時は手をけがしないよう、母のいつ子さん(49)が今も常に付きそう。日常生活のハンデは少なくないが、
孝さんは「プロを目指すということは山登りと同じ。一度決めたら簡単に下りるわけにはいかない。気持を引き締
め、着実に高みを目指していってほしい」と語った。
辻井さんが上野学園大学に入学して以来、指導をしているピアニストで同大教授の田部京子さんは、「本当にうれ
しい。『全盲のピアニスト』じゃなくて、一人のアーティストとして彼を見てほしい、とずっと思ってきた。
優勝でそのスタートラインに立てた」と喜ぶ。
辻井さんは、右手と左手の音を別々に録音したテープを聴いて覚えてから、レッスンを受けた。「最初のころは、
私の後に続けてその通りに彼が弾く。耳のよさ、反応の速さ、感受性の鋭さは格別だった」と語る。
2年目からは自分はあまり弾かず、「この曲をどう感じるか」などと問いかけて辻井さんの音楽作りの道を手助け
した。「性格は本当に純粋。音楽が人生そのもの。それにかける気持が今回の結果につながった」と話した。



素晴らしいニュースに接しましたので、紹介させていただきました。






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